山口県 旧山陽道を行く 山口県下関市 赤間神宮

山口県 旧山陽道を行く 山口県下関市 赤間神宮
山口県 旧山陽道を行く 山口県下関市 赤間神宮

赤間神宮付近です源平合戦の物語深い歴史の地です。

山口県 旧山陽道を行く 山口県下関市 赤間関

赤間神宮付近です。
赤間神宮
御祭神 第81代 安徳天皇
寿永4(1185)年3月24日に源平壇浦合戦に入水された8歳の御幼帝を天皇社です。下関の昔の名前での赤門関の名前から赤間神宮となりました。
昭和20年7月2日に戦火で全焼しましたが、昭和40年4月24日に復興しました

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平家塚

山口県 旧山陽道を行く 山口県下関市 赤間関

江戸時代における朝鮮通信使の事跡は、日韓両国の長い歴史の上で、善隣友好の証として格別の意義をもつものであります。
当時鎖国政策をとる日本にで、唯一国交もつ国からの友好の使者として、慶長12年(1607)から文化8年(1811)に至るまでの間、12回来日その内、最後の対馬での対応に止まった回を除き、明和元年(1764)までの11回において本土最初の地として赤間関(下関)に上陸滞留、または復路において立ち寄りました

安徳天皇
阿弥陀寺凌


2005,04,25